森アーツセンターギャラリー:バスキア展

2019.11.13
会期終了間近(2019.11.17まで)のバスキア展へ。

10時過ぎくらいには会場である六本木ヒルズについてるつもりが、家を出たのは10時20分。おかしい。
美術展の記録をつけ始めたばかりだけど、きっと頻出すると思うこの◯時着の予定が×時出発みたいなの。

私が新国立美術館や六本木ヒルズに行く時は大体、乃木坂駅から行くことが多い。本当は青山霊園方向からの方が近いんだろうけど、六本木トンネルの方はなんとなく好きじゃなくて、六本木交差点の方から降りた。

3番出口ね

で、3番出口を出てみたはいいけど、六本木ヒルズってどっちだっけ?と思って見回してみると、

ジャニーズ本社じゃん…!

うそ!?乃木坂にあったの?乃木坂は久しぶりだけど、何回も来てたのに全然気づかなかった…

ほんで行ったのは2019.11.13よ?ニノの結婚発表の翌日よ?
LINEニュースのトップ画でこの社屋の画像、何回も流れてきたよ、タイムリー過ぎるよ。ちなみに社屋前でニノ結婚に対するシュプレヒコールなんかは聞こえてこず、平和な曇りの日でした。

六本木交差点に向かう途中、 お腹がすいたので 東京ミッドタウン前あたりのセブンでおにぎりを購入。
大好きな筋子おにぎりが売ってない、何が六本木だ、大したことねぇな。

東京ミッドタウンの向かいの歩道、ガリレオ?

なんか…前に来た時に六本木トンネルにはホームレスの方がいて、それを避けようとして六本木交差点の方に来たけど、こっちの方が苦手かもしれない。人が多くて。しかも多分ほとんどが金持ち。いけ好かない。乃木坂駅から六本木交差点に行く途中にあるガソリンスタンドには高確率で外車が止まっているんだ。

15分くらい歩いて六本木ヒルズに到着、初めて来たときはどこから入るのかわからなくってずっとグルグル迷ってたっけ…初めて六本木ヒルズで美術展はなんだったかなぁ、まったく覚えていない。

六本木ヒルズ展望台・森美術館に行く途この階段、 今日はすいてるけどすごく並んでると当日券・前売券・展望台行く人に分かれて並ぶんだよね、すごく並んだ時の美術展はなんだったっけ、セーラームーン展かな?

こういう風にすぐ忘れちゃうから、ブログに残すことにしたんだよね、頑張って続けます。

チケット購入する列に並んで5分と待たずに窓口へ、バスキア展、一般、一枚で、2100円です、うそ、高っ

たかー、えーびっくり…あ、そうですか…へぇ…と思ったけど、エレベーターに乗って52階まで行って入場したら納得、音声ガイドが無料!

さっきまで高額な入場料に引いてたのが嘘のように上機嫌、なんせ絶対音声ガイドを借りようを来る前から決めていたから、チケットを買う時に「2100円ってことは、音声ガイド借りたら2600円じゃん…高ぇ…」と勝手に思ってて、でもこれなら想定通りの予算通り。

正直、いつもならスルーしてしまう系統の美術展なんだけど、今回はバナナマンがラジオで「面白かったわー」と言っていたから気になって来てみた、音声ガイドもバナナマンだっけ?と思っていたら吉岡里帆…でも吉岡里帆も好きだよ!

会場内は一部撮影OK。

ジャン=ミシェル・バスキア 題名:フーイー 1982年

私のなりの絵の見方?というか、絵の事は詳しくないけどバスキアのようにキャンバスに何かを乗せるような描き方をしている絵は、横から見て凸凹を見るのが好き。
これは昔、ゴッホの”糸杉”を見た時にキャンバスにチューブから直接絵の具載せてんのか⁉って思うほど面がぼこぼこしてて、それが証明に照らされてきらきらしてすごくきれいで忘れられなかったから。

写真は撮れなかったけど、バスキアが壁にスプレーで字や絵を描いていく映像が流れていた、バスキアが壁に書いたものは今はもうないのだろうか?バンクシーみたいに壁を保存したりしていないのか…?

指を真っ黒にしながらスプレーで壁に描くバスキアは、つまずいて線がズレても全く気にしないで迷いなく書いていくのが印象的。

ジャン=ミシェル・バスキア 題名:ナポレオン 1982年

ONE MILLION YEN と書かれた絵、音声ガイドでは「高度経済成長途中の日本に影響を受け~」とあったが、私的には「わかるよ、バスキア…私もお金好きだよ…いつもお金の事考えているよ…」と勝手に解釈をして勝手に共感していた。

ジャン=ミシェル・バスキア 題名:無題 1982年
2017年に前澤友作氏が123億円にて落札。

そんな風に勝手に思っていたけど、これが本当にバスキアがお金にとらわれていたとしたら、この絵が前澤前社長に123億円で落札されて、売却後はこの金持ちが多くていけ好かない街・六本木にて回顧展が開かれ、展示されたのはかなりの皮肉なんじゃないかとも思えてくる。

存命で新しい作品を作り、高額で取引されているアーティストもいるけど、何故、亡くなってから高騰し、当のアーティストは十分なお金を得られないままなのだろう。
亡くなった後は二度と作品は生まれずに、現在の作品の希少価値が上がる理屈はわかるけれど、それではあんまりだ、「人生を賭して」とは言うけれど、賭した雀卓から去った後の空席に金を積まれても意味ない。

終盤で見かけたウォーフォルとバスキアがボクサーの恰好をして手にはグローブをはめて撮っているめっちゃ楽しそうなポスター、落語で言えば2人会、でもさながらコント、お笑いコントライブのポスターのよう。
っていうかウォーフォルとバスキアとかジャンプ的組み合わせ、ご老体と若者とか胸熱。

だんだん展示も終盤に差し掛かり、27歳という若さで亡くなったバスキアの後期の作品になってきたが、いつまで経っても「若くして亡くなった」以外の情報が出てこない。
え?死因は?事故?病気?喧嘩の末に…か?と疑問に思い、検索すると簡単に出てきた、「ヘロインのオーバードーズにより27歳で死去」。

薬物に手を出すのはもちろん違法で褒められた事ではない、けど、執拗に「若くして亡くなった」という事だけを伝えて、「ろくな死に方ではない」事は伏せておく、というのはなんだか悲しかった。
日本に3回も来て、日本にかかわりのあるバスキア、日本人の臭い物に蓋をする体質は知っていたかな。

ジャン=ミシェル・バスキア 題名:オニオンガム 1983年
右上に”MADE IN JAPAN”とある。

ミュージアムショップで買ったものはこちら

展示をまわってる最中からこのポストカードは絶対あると思ったし実際にあった。

バスキアのアーティストとしての短い活動期間中に来日3回、日本に浅からぬ縁がある理由がなんとなくわかる気がする、この人の描くものは日本人受けするキャラクターだし、この子達が地方のイカれたご当地キャラクターになる可能性は0%じゃなかったと思う。